ABOUT

得原 藍(えはら あい)

理学療法士、School of Movement®️ IES Director

学位:学術の修士号(バイオメカニクス)、Double bachelorで、Liberal Artsと保健学を修めました。


少し長いですが経歴と、今の仕事について自己紹介をしたいと思います。



千葉県のベッドタウンに産まれて大学卒業まで千葉で育ちました。


小学校・中学校の頃、住んでいた市の企画で船でサイパン島に行ったり、子ども親善大使としてバンコクに行ったり、海外に出るのって楽しいなあと思っていました。それがきっかけで高校は千葉市立稲毛高校というところの国際教養科に進み、夏と春にホームステイを経験させてもらいました。初めてひとりで海外へ出たのもこの頃です。勉強は、好きなことしかやらなかったので、必然的に私立文系しか選べなくなりました。


漠然と海外で仕事がしたいと思っていたので国際基督教大学に進学したのですが、アメリカンフットボール部のマネージャーになったことをきっかけに、身体って面白い、身体ってどうして治っていくのか知りたい、と思うようになりました。独学で本を読んだり、アメリカで活躍しているトレーナーの人にメールを書いて質問したり、本業の学業も楽しかったですが、すっかり身体のことばっかり考える毎日になりました。


大学卒業前に、医学部受験をするも失敗し、内定をもらっていた会社に就職。就職活動で出会った人たちがとても素敵で一緒に働いてみたいと思った会社だったので、あまり悩まずに意気揚々と社会人になりました。初めての一人暮らし。楽しかったなあ。今でも皆さんに良くしてもらっていて幸せです。


しかし2年間の社会人生活ののち、やっぱり身体のことを仕事にしたいと信州大学医学部保健学科に入学しました。整形外科医になりたかった大学時代でしたが、そのあとで自分がやりたいことって本当は手術と薬の処方ではないのではないか、運動そのものをあつかう仕事がしたい、と思い、理学療法士になる道を選びました。


卒業後は長野県松本市の相澤病院で2年間、働きました。病院勤務の他にも、スポーツに関わる身体を見る体験をたくさんさせてもらいました。その頃、安曇野に暮らしていたので、松本ー安曇野はわたしの第二のふるさとです。事あるごとに帰りたくなる土地でもあります。


その後、私生活の事情で東京に戻って、東京大学大学院総合文化研究科の身体運動科学専攻で深代千之先生に師事しました。修士論文は、移動動作における体幹の回旋について、で、ここで生まれて初めて行列計算でベクトルを扱いました。高校生の時キリギリスだったことを痛切に後悔しました。

この頃、学費と生活費は訪問リハビリテーションの仕事をして賄っていました。訪問リハビリテーションの魅力に取り憑かれて、その後、現在に至るまで、細々とその仕事も続けています。


さて修士を終えて、理学療法士養成校である社会医学技術学院で常勤の教員としての勤務を始めました。そのタイミングで博士にも進学したのですが、結婚や出産が重なって、思うように進んでいません。学校ではバイオメカニクス、運動療法概論、運動学演習、臨床運動学、統計学、と、動作に関わる科目を中心に教えてきました。そして2018年の3月末で5年勤務した学校を退職。今に至ります。


フリーランスになったのにはいくつか理由があるのですが、家庭の運営という「生活」そのものに、自分の仕事の形を合わせたかった、というのが一番大きく、強く、真剣な理由です。


折良く、仕事を辞めようかという気持ちが頭をもたげていた頃に、尊敬している方から仕事に誘っていただき、School of Movement®️で業務委託という形での「教える場」を与えていただいたのが最終的に踏み出す力にもなりました。


様々な場所で、様々な人たちと、いろいろな仕事をしてきました。その中で、これをやって生きていきたい、と思うことを仕事にしています。一つ一つに愛情と誠意を持って取り組んでいきます。


2018年 得原 藍